2012年02月13日

ネーミングの由来

農飯八十八会と何故名づけたのか。

活動的な人間がたくさんいる飯能市。しかし活動しているのは皆中高年ばかり。飯能の若いもんが活動して飯能をひっくり返したい!それを、昔のくらしである農業から行いたい。今の飯が先にある世界じゃなくて、農をして飯を作り、それを食う。僕らの世代からは奪われたシンプルにくらすこと。そのことを体験したいんだ。そう、生きてることを実感したい。
飯を作るためには、たくさんの手間を要する。米という漢字を分解すると八十八。まさにお米ができるまで八十八個の手間がかかること。
僕らは、汗水たらして。叩き合って。笑いあって。八十八の世界を取り戻したい!
posted by 農八会 代表 にしむらじゅん at 11:19| Comment(0) | 農八会としての想い

僕らが目指すべきこと

本来「くらし」とは、生きていく上で必要な柱といっても良い。現代社会においての柱はお金である。そのおかねを稼ぐことが現在の暮らしの中心であることは言うに及ばない。しかし、本来的なくらしとは、つまり生きることであった。生きることは、体を使って労働し生産することになり、 そして生産するためにはつながりあって生きていくことにある。
その人間的な結びつきは、現在失われて久しい。東北大地震の以降、それらは絆として呼ばれはするものの、未だその影響によって様々な問題が噴出し続けている。
ストレス社会、地域の疲弊、精神疾患、自殺率、ニート、子殺し親殺し・・・・
お金を柱にして暮らしてきたそのツケは僕たちだけでなく、無垢な子どもたちがより重荷にさせられて背負わせられようとしている現実。
しかしそんな中でも、夢を見ることができる。いやそんな中だからこそ、大切な柱を見つめて夢を見れる。それは、まず今までを見てきた者たちが、古くて新しいくらしを取り戻すことにある。今までの大いなる知恵を身体を使い、様々な人たちに届けること。今の世界だからこそ、人間的な営みを取り戻していく。
そして、この街でたくさんの人たちがくらすという柱を農によって再構築できたら。そんな夢を見てる。
posted by 農八会 代表 にしむらじゅん at 11:18| Comment(0) | 農八会としての想い